「アヤちゃんさー、今度ウチのホームパーティで、フード担当してくれないかなあ」
「はて、いってえなんのことで?」
「うん、ボク、ときどき家で仲間とポットラックしてるんだけどね、アヤちゃんのTumblr見て、ピンと来ちゃって。もしよかったら、来月のパーティで、キミの料理を振る舞ってくれないかな、って」
「あっしがですかい?」
「もちろん、都合がよければだけど」
あっし、いや、わたしの中で、「面白そうじゃん!」という声と、「無理無理! コンビニの弁当解体して並べた方がマシ!」という声が争った。
しかし、しばし悩んだ後、わたしは、出張コックをやってみることにした。
出張コック当日。
わたしは前日の仕込みが詰まった荷物を抱え、お洒落パイセンの家に行った。
「参上つかまつったでござる」
「やあアヤちゃん! 待ってたよー。キッチンはこっちで、食べ物を並べるのはこのテーブルの上でよろしくー」
今日は15人くらいの「仲間」が来ると聞いていた。
その人たちが来る前に、とりあえず仕込み料理を温めて並べる。
ほうれん草のキッシュ。とろとろラフテー(あさこ食堂)。ピンチョス四種類。かぼちゃのサラダ。
少しすると、趣味の良さそうな男女が集まってきて、お洒落パイセンにハグしたり、おみやげのワインを渡したりしはじめた。
わたしはキッチンに入り、料理にとりかかる。
ナスのベーコン巻きとベーコンのナス巻き(ウケ狙い)。エビのアボカド和え。バーニャ・カウダー。トマトパスタとレモンパスタ。中東風チキンライス(URAMAYU)。トスカーナ・フライドポテト(dancyu)。和風海鮮パエリア(MOCO’Sキッチン)。カップケーキ。チョコレートプディング。
お洒落パイセンによると、今日来ている人たちは、デザインや編集やマーケティングの世界の、「結構すごい人たち」らしい。
つまりプチセレブだ。
そんなセレブに混じっている、わたし。
もちろん、ただのコックなんだけど。
みたいなことを考えていたら、急に、髪の長い、素敵な先輩って感じの女性が、キッチンにやってきた。
「こんにちはー。今日の料理、とっても美味しいわー」
照れるわたし。
「あ、どうも、ありがとうございます……」
「あなたが、あのアヤさん?」
「はい。渡瀬アヤといいます」
と返事をして、あれ? と思った。
「あの、『あのアヤさん』って……?」
「下田くんがすっごい自慢してたのよ。『今日のフードは、料理ブログ『やさぐれアヤの、今日もごはん作りスギー!』のアヤさんが作ってくれるんだよ!』って」
下田、というのは、お洒落パイセンの苗字だ。
いきなりブログ名を言われて、わたしは、恥ずかしさで顔から火が出そうになった。
この羞恥プレイはないわー! こんなことならもっと普通の、「アヤズ・キッチン」とかの名前にしとけばよかった!
わたしがヘナヘナになって返事ができなくなっていると、機会をうかがっていたかのように、キッチンに次から次へと人がやってきた。
「アヤさんはじめまして! 今日はごちそうになります」
「全然やさぐれてないじゃん。可愛いよー」
「さっきから美味しくて美味しくて……最高ですっ!」
「今日も作りすぎてますねー。いっぱいあって嬉しい!」
「なんでもお手伝いしますよー」
「飲んでる? お酒持ってきましょうか? 何にします?」
人だかりの向こうで、お洒落パイセンが、うなずいて微笑んでいる。
わたしはひたすら恐縮し、料理を作り続けた。
訪問の波が一段落したとき。
ふ、と。
誰かの視線を感じた。
キッチンの入口を見る。
わたしと同世代くらいの男性が、立っていた。
男性が会釈した。
わたしも会釈した。
背が高い。180cmくらいありそうだ。まつ毛が長くて中性的な顔立ち。
男性が、低い声で言った。
「美味しいごはん、ありがとうございます。でも、頑張りすぎないで、休んでくださいね」
ドキッとした。
「い、いえいえ大丈夫です。もうすぐ全部終わるんで……」
わたしは精一杯の笑みを浮かべた。
「ところで……」
男性が、さぐるように、話を続けてきた。
「はい?」
「アヤさん、動画ブログには興味ありません?」
「どう? が、ぶろぐ?」
「ええ。動画ブログ。俺思うんですけど、料理のブログって、動画の方がいいと思うんですよね。初心者だと、例えば『ブロッコリーを小口に分ける』と言われただけじゃわからないし、動画だと外国人もなんとなく理解できるし」
どうがぶろぐ。
料理を動画で。
考えたことがないわけではない。わたしも料理をはじめたばかりのころ、YouTubeなどで動画の料理教室にかなりお世話になった。
でも、いざ作るとなると……映像の撮影やら編集やら、全然わからない。
「簡単ですよ。三脚でカメラを固定して、料理を作りながら撮影して、ソフトで動画を切り貼りして、YouTubeにアップするだけ。ちなみに家の回線は?」
「モバイル回線でいいやって思ってたんですけど、光回線に入りました。すっかり快適です」
「なるほど、動画コンテンツを作るネット環境はほとんど整ってますね」
「……でもわたし、動画って本当にどうやっていいかわからなくて」
「持ってるパソコンはMac?」
「Macです」
「じゃあiMovieで。すぐ覚えられますよ」
男性には全然悪気や下心はなさそうだった。
いや……あってもいい、っていうか……
わたしは、なんだかモジモジしていた。
「じゃあちょっと頑張ってみます……でも、観る人いるかなあ」
「いますよ!」
男性の声が一段階大きくなった。自分でも意外だったらしく、顔を赤くして口元を押さえる。
可愛い。
「あ、ごめんなさい……でも、いますよ。少なくとも、俺は、俺が、観たいです」
わたしは顔を上げた。
男性と目があった。
少しの間、沈黙が流れた。
こういうの、天使が通るっていうんだっけ。
男性は、言葉を選びながら、こう言った。
「もしよかったら、あの、今度、お茶しながら、動画の編集やアップロード方法を、レクチャーさせてください。最初にひととおりわかっちゃえば、すぐに自分でできるようになりますから」
今度、お茶しながら……
これって、デートのお誘いじゃ……!?!?
お洒落パイセンが、ひょっこりと顔を出してきた。
「アヤちゃーん、こいつツヅキっていうんだけどさー、今フリーだから、よろしくね」
去れよお洒落!!! 今いいトコなんだからよ!!!
【完】
新生活にインターネット。その先には新たな出会いの予感がします。
[(スマホで見ている方)]
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